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式亭 三馬(しきてい さんば、1866年、1867年頃 - 1939年5月24日)は、20世紀前半に活動した落語家である。本名は宇田川 勝太郎(うたがわ かつたろう)。 == 経歴 == 改名が多く改名順序がつかみ難いが、明治の末には新内で太夫をやっていた時期もあるという。旅廻りが多く、最初は明治30年代初め、遊七(後の3代目三遊亭圓橘)の門で七輔。明治30年代半ばに3代目柳家小さんの門で小しん、1901年頃に4代目春風亭柳枝の門で年枝、1911年頃に7代目朝寝坊むらく(後の3代目三遊亭圓馬)の門で朝寝坊夢八、遊朝、1916年2月に夢輔、1917年頃に上方に辿り着き、その後京都に居着いた。1918年4月?に三遊亭?善馬、同年10月に師匠の前名、2代目橋本川柳を襲名し盛大に襲名披露を行なった。この頃が全盛期だったと思われる。1923年2月に三馬を襲名するが、昭和に入り吉本に属したが、人気下火になった。しかし噺は衰えなかった。1938年頃まで高座に上がっていた様である。 得意ネタは師匠・圓馬ネタが多く、写し絵といわれた。江戸前の人情噺、『梅若礼三郎』『お岩伊之助』『唐茄子屋』等を演じた。圓馬と親子会では『文七元結』では分担して演じたこともあり話題になった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「式亭三馬 (落語家)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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